2002/01/12発信:一般向けニュース
■ 北京一人旅紀行 その2
二日目
・万里の長城【八達嶺長城】(バーダーリン・チャンジョン)
朝飯をホテル一階で取る。世界中何処へ行ってもバイキングと決まっている。
だけど、果物の味が全然違うんだよね。特に葡萄が…。
「これでワインを作ったらどんな味になるんだろう?」
などと、独り言をつぶやきながら、窓の外で演じている太極挙に目をやる。
さて、八時半に待ち合わせをしたロビーに行くとガイドが待っていた。
年の頃は二十代半ばの残念ながら男性だった。
名前を『長(チョウ)』と言い、師範大学で日本語を習ったが日本には行ったことがなく、日本に行って寿司を食べるのが夢とのことだった。
車はアウディとの業務提携で作られている、国内最高級車の『紅旗』という車だ。
ガイド以外にドライバーもいる。
この高級車に客は俺一人。
値段は八百元。ちなみに観光シーズン中は千二百元。
例によって、クラクションの荒しの中、車線変更を繰り返しながら北東へとかっ飛んで行く。
途中後ろから、パトカーらしき車がサイレンを鳴らしながら、追い越し車線を突っ切ってきた!
当然車線を譲ると、パトカーの後ろに高級車がズラリ!
「権力者の乗る車です」
「権力者?」
それは国の官僚だったり、外国の要人だったりするらしい。
面白いのは、数台の高級車の後から、ミニVANも数台連なってきた。
中にはぎっしりと詰まった人影が見える。男ばかりでなく女も乗っているようだ。
「あれはアラビア人ですね」
中国が近代化するにあたり『アラビア人』(だったけな?)の力を借りたので、アラビア人は権力をもっているとのこと。
北京周辺は高速道路が発達していて、その一つが
『八達嶺長城』へと向かっている。
いわゆる万里の長城は、全長6,700kmもあり、
『月から見える唯一の建造物』
と言われ、毛沢東さんも、
『万里の長城を見ずに死ぬことは出来ない』
とも言っている。
その万里の長城の一つで、最も有名なのがこの八達嶺長城なのだ。
約75kmほどの距離と一時間少々の時間を費やし、ロープウェイの発着場に到着した。
車を降りると、直ぐに両手に毛皮の帽子を持ったおばちゃんが飛んできた。
「帽子を被らないと頭から凍え死ぬよ!」
俺の来ているダウンコートには、フードも付いているし、零下15度にも絶えられるほどの代物だ。
「プゥヤオ(不要)!」
あまり情けをかけて優しくする事もできないので、強くつっぱねる。
オフシーズンで客も少ないことから、おばちゃんは、「安いよ、安いよ!」
と言いながら食い下がってくる。
しかたないので、一旦トイレに行った。
外ではおばちゃんが、相変わらず他のお客に、
「早く帽子を被らないと死んじゃうよ!」
と、必死に声をかけていた。
「生活のためとは言え大変だよな〜!」
などと、変に情け心が沸き起こってしまうのを押えるように、フードを目深に被り、おばちゃんの前を足早に通りすぎた。
ロープウェイの切符売り場の前では、長君が待っていた。
売り場には、色とりどりの旗が付いたロープが張り巡らされ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
その売り場の先には、物凄い角度で上がっていくロープウェイが見える。
日本を発つときから、俺は自分の足で上がると決心していたので長君言った。
「とても大変ですからやめた方が良いです!」
「……良いです」はたぶん「やめろ!」だと思った。
「そうか、ガイドはいつもここに来ているのだから、歩くのがイヤなんだろうな……」
優しい俺はガイドの足を気遣ってしまった。
「まっ、昇りはロープウェイを使って、降りるときには勝手に歩いちゃえ!」
なんて思っていたら、ロープウェイの料金を往復分買わされてしまった。(勿論片道でも買える)
「しまった!」
それでも片道40元、往復でも50元だからその差額ぐらいどうってことはないので、帰りはガイドを振り切ってやろうと、密かに心に誓った。
(支払ったのは二人分で100元)
ロープウェイは古臭いけれど、この程度はスキーの時に乗り慣れているので気にならない。
ただ、前向きに座る席と後ろ向きに座る席が真ん中で分かれているので、幸いガラガラだったから、俺たちは前向きに座ったけれど、後ろ向きに座ると酔ってしまうかもしれない。
急勾配を登って行く。お世辞にも景色が良いとは言えない。
山の峯が、延々と何処までも続いているのが見えるだけだ。
最も9〜10月頃のシーズン中は、山一面が紅葉で美しいとのこと。
しかし、元々背の高い木はほとんどなく、低い木がびっしりと、『剥げ親父の頭にかすかに残った髪の毛』のように生えているだけなので、紅葉と言われてもピンと来なかった。
終点で降りる。八達嶺長城の入り口までは少し歩かなければならない。
辿り着くと、何処でも見かける緑の服を着た従業員に切符を見せる。
公用の場所の従業員(公務員?)は、何処へ行っても同じ服を着ている。
さて、ゲートをくぐると、子供のときからのあこがれの万里の長城が目の前に見える。
ただの石壁だとか石積みだとかなんて思う奴もいるかもしれないが、やはり歴史の重みが違う。
ここでちょっと勉強タイム!
万里の長城は、紀元前221年始皇帝が始めて中国を統一し、将軍蒙テンに命じ万里の長城を完成させた。
初期は土を固めた『版築(ハンチク)』という方法だったが、明代になって『セン』という、日干しレンガを焼いたものを使って、より強固なものとなった。

万里の長城 |
ロープウェイのゲートから入っていくと、右手に物凄い角度で登っていく「男峯」と、緩やかに登っていく「女峯」が見える。
「どちらに行きますか?」
「勿論、両方に決まってる!」
まずは険しい男峯を登る。元気な最初の内はルンルンだったが、その急なこと急なこと!
決してハイヒールで行ってはいけません!
(そんな奴はいないって!)
そこからの眺めは、まさに中学時代に教科書で見たそのものだった。
しばし感激に触れ、早速女峯を目指す。
「そんなに歩き回る人はいませんよ!」
歩きたくないのが見え見えのガイドを無視し、さっさと歩き出す。
日本人の観光客は、俺を入れても4〜5人というところか。
殆どが、さっきのゲートで切符を受け取った服と同じ、緑の制服を着た「解放軍」の修学旅行生だった。
この先が、歩いて上に来る人々のルートのようで、下から上がってきている人々が見える。
「じゃあ、俺はここから歩いて帰るから!」
「えっ! 先ほどのロープウェイの出発したところと、 歩いて降りる所は場所が違うからだめです!」
確かにそう言われてみると、ロープウェイは峯が二つほど違うところに見えている。
「残念だが仕方がないか! 今度は子供達を連れて全部登ってやるサ!」
(その時俺は何才だ?)
諦めて、ロープウェイに乗り込み下に降りる。
ドライバーが「随分長かったですね」ってな顔をして迎えてくれた。
さて、昼飯はお土産店の中の中華料理店。先ほどのロープウェイの料金以外は全てガイドに含まれている。
隣のテーブルには日本人のアベックが、逆の隣にはフランス人の団体がいた。
一人で食べるのはちょっぴり寂しいが、それでも中国は何を食べても美味い!
しっかりとおかわりをして、さあお土産でも見るとするか。
あまり、こういったお土産工場のようなところに来ても、めったに買うことはないが、額縁に入った七宝焼で焼いたドラゴンの絵を気に入ってしまった。
持って帰るには大きいので、値段の交渉と併せて送料もサービスさせた。
だが、金を払う段階になってビックリした。
料金は明朗だが、何と日本に辿り着くまでに40日程かかると言うではないか!
折角のお土産も年を越してしまっちゃあ、何とも寂しい。
なんとか年内に届けてもらうように交渉するが、アメリカテロ事件のせいで、随分と荷物の監査に時間がかかってしまうとのことで、年内配達を断念する。
・明十三陵(ミンシー・サンリン)
次に行ったのは、明の時代の17代続いた皇帝のうち、13代を奉っている場所だ。
これは、巨大な山の麓などにそれぞれ築かれており、泥棒に盗まれてしまうのを恐れ、『地下宮殿』を造ったのだ。
この地下宮殿の内、第14代(6代と8代が同じ英宗のために、宮殿は13陵)の定陵のみが公開されている。
作るのに何年もかかったとか、ドアの片側の石だけで40トンもあるなんて話を聞くと、感心するよりも呆れてしまった。
「結局、皇帝って偉い人、悪い人?」
ガイドの長君はちょっと首をかしげた。
「悪い人です」
と言った。そう、何処の国でも権力者は悪い人なのです。
そこから車で5分ほども行ったところに参道が有る。
全長750メートルにわたる参道の両側を、巨大な24の石像と12の石人像が建ち並ぶ。
立っているのが男(オス)で、座っているのが女(メス)とのことだった。何となく納得したりして……。
物凄く雄大で神秘なエリアなのに、観光客が誰もいなくて、歩いているのは俺とガイドの長君だけというのは、正直そっちの方が驚いた。

明十三陵 |
・中国茶
帰り際に『全国農業展覧館』という、公共施設の一角に飲茶を無料で楽しませてくれるところが有るとのことで、寄り道をする。
そこで、またもや美人のお姉ちゃんが出てきて、
『中国茶講座』が始まった。
マンツーマンで説明を受けると、どんな飲み物も美味く感じてしまう。(ホントに美味いのだが)
一通りの説明が終わった。
「さて、飲茶の飲み方を説明するのも私の商売。もう一つの商売あります。あなたに中国茶を売ること!」
と始まってしまった。
勿論驚くほどではない。これもまた当たり前の筋書きだからだ。
そこで高山の険しいところでしか生息せず、人間では取れないので猿に取らせたという、“猿茶”を五袋ほど購入した。 相当な効用があるとの説明で、さぞやお袋が喜んでくれると、帰宅するとすぐに飲ませた。
「苦くて不味い!」
ガーン!! お袋の第一声だ! 確かに薬として飲めば飲めなくもないが、決して美味いとは言えない。
試飲したときには、薄くて味が分からず、
「沸騰したお湯に三分ほど入れておくと美味くなる」
と言われた言葉を信じてしまったのだ。
でも行きつけの中国整体の先生は、このお茶のことを良く知っていて、とても喜んでくれたけどね。
ま、色々あるから旅は楽しいし、当然その時にはお袋に怒られるなんてことは、夢にも思っちゃいないんだから良しとしましょうか……。
・北京ダック(ベイジン・カオヤー)
昨夜は屋台で安上がりに仕上げたので、今夜は折角だから北京ダックでも食べに行くとするか。
昼間のガイドに聞くと、北京ダックツアーだと一人500元もするとのこと。日本円で7,500円だ。
そんなにするなら、飛び込みで行った方が安いだろうと、ガイドブックに載っている超有名店へ向かった。
「全ジュウ徳」(チュエン・ジュードー・カオヤー・ディエン)
漢字がない! から勝手に想像してください。
タクシーに乗るのはお手のもの。
昨日来た屋台のある中国の銀座、ワン・フーチンの店の前に、速やかに辿り着いた。
ドアボーイが何かを聞いてきた。
「イー・ガレン!」一人です、と言う意味だ。
この言葉はどこの店に行く時も非常に役立った。
だが、あまりいい気になって使うと、相手が俺のことを中国人だと思って、あのかん高い早口で喋って来るので要注意だ。
中に入ると、カウンターの女が何かを言っている。
指さす方向を見るとエレベーターが有る。
ガイドブックで、
『音楽を楽しみながらゆっくりと食事をするなら、三階が良い』
と書いていたので、エレベーターに乗り込むと、勝手に三階のボタンを押した。
広い室内は八割方の席が埋まっていた。
俺は、ウェイターにさっきと同じく「イー・ガレン!」と言うと、一番奥のテーブルに案内された。
案の定、ウェイタが何かをまくし立ててくる。
メニューを見れば何とか漢字なのだから分かるだろうと開いてみると、チンプンカンプン!
早々に例の【中国語旅行会話】のお世話になることにした。
「私は北京ダックが食べたい!」
を見せる。やはり驚くウェイター。
これも後から分かったのだが、どうも俺は中国人に見えるらしく、そんなガイドブックをいきなり出すので驚くのだとのこと。
俺の隣の席では、どう見ても十代にしか見えないアベックが、ガイドに連れられて北京ダックを食べに来た。
「けっ! こんなガキが女を連れて、1,000元も払って北京ダックを食ってんのかよ! やっぱり日本人は贅沢だよな〜!」
なんて独り言を呟いたり、ホテルに帰れば、
「貴方の北京ダックが食べたい!」
なんちゃって、女の方が食事のお礼に抱きついたりするのか、などと事を想像したり羨ましがったり……。
ビールを飲んでいると、目の前にコックが現れた。
両手にでっかいフォークと包丁を持ち、ワゴンには丸焼きにされたでっかい北京ダックが横たわっていた。
「あなたは北京ダックの食べ方を知っていますか?」
当然、今までにも食べたことぐらいはあるので、食べ方は知っているつもりだった。
でも間違ったら恥ずかしいから、取り敢えず教わることにした。
またまた勉強タイム!
まず、蒸した薄い餅(餃子の皮みたいなやつ)に、甘い味噌を塗り、ネギや生姜などを乗せる。その上に北京ダックを更に乗せ、一辺ずつ畳み込んで行く。
そのまま口に入れるのも良し、タレや塩ゴマなどに付けて食べるのも良し。
鶏皮の部分には、塗られた飴がたっぷりと染み込んでいるので、餅に巻かないでそのまま食べる。
日本では偉そうに、鶏皮しか食べないという人がいるが、身の部分も十分に味が染みて上手かった。
大盛の青菜炒めと、春巻き、ビール二本を飲んだ。
北京ダックはハーフを頼んだが、やはりその量はかなりの物だった。
「さあー、腹も一杯になったので帰るとするか」
チェックを頼むと、示された料金を渡したはずなのに、なにやら文句を言っているウェイターの意味を理解するのに、少々戸惑ってしまった。
「チップ! チップ!」
と言っていたのだ。
中国ではチップが必要ないと思っていたが、この店が唯一、サービスチップを要求してきた。
請求書の二割をチップによこせと言っているが、生意気な言い方をするので、一割しか渡さず席を立った。
代金は全部で330元だった。(約五千円)
さて、朝から山登りをしたりとハードだったので、アルコールが入ると疲れがどっと出てきた。
「これぐらいでへこたれる俺様じゃねぇぞ!」
そうです! 俺はおとなしくホテルで寝ているようなタマじゃないのだ! またもやタクシーに乗り込んだ!
・『J・Jロックンロールクラブ』(グンシージュールーブー)
ガイドブックの派手な写真をタクシーの師傅に見せた。
最初は戸惑っていたが、理解したのか大きく頷くと、何かを言いながらアクセルを踏み込んだ。
運転席は鉄柵で囲まれている。その鉄柵越しに何か叫んでいるが、何て言っているのか全く分からない。
東京などは、どこを走ってもネオンがきらめいているが、北京では所々住宅街が有り、また街灯が少ないと来ているから、一体どこへ向かっているのかと不安になる。(本当は何とも思っていない)
二十分も走ると、突然、まるで小さなラスベガスのようなネオンが目の前に出現した!
ワン・フー・チンが銀座なら、ここは歌舞伎町といったところか……?
カウンターで入場料金を払うとき、料金を間違ってしまった。
何を言われているか分からないと、首を横に振ると、
「日本人?!」
と驚いたように日本語で聞き返してきた。
彼女も日本語はこれしか言えなくて、その後会話が繋がらない。
料金表を指さしたので、支払ったのが女性料金だと分かり、謝って男性料金を支払った。
ともかく店の中に入る。中に入って彼女の驚きを理解した。
そこは、北京で一番エキサイトな『ディスコ』だったのだ!!
「てっきり、生バンドが出るライブハウスだと思ったのに……!」
だから、
「なんでこんな所に、日本人が一人でやってくるんだよ?」
と言うのが、彼女の驚いた本音だろう。
とにもかくにも、これでも学生時代は通ったものよ!とばかり勇んでみたものの、ただうるさいばかりだし、「Friday night!」だから、物凄い数の若者が踊っている。
北京は完全週休二日制だから、今日の乗りの凄さも理解できよう。
俺はカウンターに座り、バーテンに「ジャックダニエル」のオンザロックを注文する。
「プリーズ、ジャックダニエル、オンザロック!」
北京に来て何度も見たことのある顔が目の前にある。
もう一度バーテンの後ろに飾ってあるボトルを指さしながら、大声で注文した。
「ジャック・ダニエル!」と叫ぶ。
それでも分からないのか、きょとんとしている。
もう一度大声でを出そうとしたとき、他のバーテンが気付き、俺にボトルを出した。
「OK! ジス、オンザロック!」
こいつまできょとんとしてやがる!
「また通じねぇよ!」
「イン・ジ・アイス」
これでも通じない。諦めて「分からないんだったら、何でもいから持ってこいよ!」と叫ぶ。
「言葉は意思を伝えるための全てではなく、方法論の一つにしか過ぎない」
と言ったのは、一体誰だ?
※中国ではジャックダニエルを英語読みせずに、中国名で呼んでいるので、分からなかったらしい。
なんとか、ジャックダニエルに辿り着いたものの、出てきたのはストレート。
「仕方ないか……」と諦めて口にしたとき、ボーイが金を俺に返した。
そう、氷がなかったので渡した35元のうち、5元を返してきたのだ。
「やはり、心で話し合うことは出来るんだ!」
なんて、またもや勝手に納得して、お替わりを注文した。
次にはアイスが入っていて、ちゃ〜んと35元支払った。
そうこうしている内に、いつのまにか俺の横に若い女が座っている。
・謎の美女?!
『米倉涼子』に似た彼女は、天使のようなにこやかな微笑みで、俺を見つめる。
右足を上にして組んだその足に、思わず俺の視線が釘づけになってしまった。
なにやら喋りかけてきた。
「????????」全く分からない。こんな美人が言っている言葉が理解できないなんて!
おそらくこう言っているはずだ。
「とってもすてきな方、私に一杯おごってくれない?」
悩んでいる暇はない。
「OK! OK!」
またもやすっとんきょうな顔が目の前にある。
「ウォー・シー・リーベンレン!」
私は日本人です、と伝えた。
「本当に日本人?」ってな顔をしている。
さて、この「米倉涼子」似の凄い美人も困ったことに、「日本語も英語も全くだめと来ている!」
例の【中国語旅行会話】を出した。
なんとかやり取りを繰り返していると、
「腹が減った」
みたいなことを言っている。当然、断ることは出来っこない。
たった今食べてきたばかりにも関わらず、北京ダックを食べようと外に誘った。
しかし、「中で食べるから金をくれ!」と言っている(ようだ)。
「????」またもやクエッションマークが、俺の頭を支配する。
50元をくれと言っているので、たいした金額でもなく、一体何が起きるのか知りたくなって、言う通り金を渡した。
金を受け取った女は席を立つと、何処かへ歩き出した。
「このまま持ち逃げか?」
その割には堂々としている。そして何も心配することはなかった。
と言うよりも、何事もなかったかのように女はただ帰ってきて、そして何事もなかったかのように、先ほどと変わらず右足を上にして足を組む。
「一体あの50元は何だったんだ?」
驚くよりも、何とも“けったいな”このシチュエーションを、いつのまにか俺は楽しむ心境に変わっていった。
おもむろに席を立った女は、俺の手を引っ張ると上を指さした。
「OH! 上にはスペシャルルームがあったりして……!」
などと鼻の下をのばして、引っ張られるまま上へと続く階段を登った。
そのフロアーは下よりもはるかに暗く照明を落とし、俺の胸をときめかせた。
「う〜ん、あそこに座っている奴等は『葉っぱ(マリファナ)』をやっているみたいだな!?」
「OH! あそこのカップルはディープキッスをやってるぜ!」
「さあ、俺も男だドンと来い!!」
なんて、息巻いて女の指定する席に座った。
「女が何か飲むか?」と聞いて来たので、馬鹿の一つ覚えの「ジャックダニエル」と、「エル」を巻き舌にしながら返事をした。
女は無表情にバーテンに告げる。
「どう見ても商売女には見えないが……」もうこうなったら、そんなことはどうでも良い!
俺の頭の中は、すでに、ものすご〜い想像の世界にトリップしていた。
・謎の美女PART2(300元?)
「300元、オールナイト!」
女は苦手な英語を使って俺に金を要求した。
「う〜ん、オールナイトだって?! 最高!」
すぐにポケットの中に手を入れ金を出そうとした。
「……? でも300元って言えば、日本円にしてたったの4,500円じゃねぇか?
いくら中国でもそりゃあ安過ぎねぇか? それとも俺の魅力で格安にするってかあ〜!」
俺のかすかな自制心が金を出すのを躊躇させた。
「300元払えば、君は何をしてくれるわけ?」
全く通じない! どうすんだよ!
「300元!」
女は再度そう言うと、掌を上にした右手を出してきた。
「ちょっと待てよ! 本当にその金で一体なにが出来るんだい!」
必死に片言の英語と、【中国語旅行会話】を駆使し会話を試みるも、全く通じない。
女はそれでも「300元!」と言いながら手を差し伸べてくる。その顔は明らかに苛立ちを見せている。
どうにもこうにもらちが明かなくなってきたその時、俺たちのテーブルの横を通る大男を女が呼び止めた。
『マーク・ハント』見たいな顔をして、背丈は俺とそう変わらないだろうが、横幅は×3倍は有ろうかという巨漢だ。 注)マーク・ハント 2001年Kー1優勝者
アメリカならさしずめ『ゴリラ』と呼ばれている、ボディガード(用心棒)なのだろうか。
米倉涼子は今までのうっぷんを晴らすかのように、凄い勢いでマーク・ハントに説明した。
なんて言っているのか中国語だから全く理解できないが、二人が話しながら、時々俺の方をチラチラっと見る度に、俺の心臓が唸りを上げた。
全てを了解したのか大きく頷くと、マーク・ハントは、俺にその気持の悪いほどでかい顔を向けて、まくしたてた!
「Pay 300Gen to her!」
「彼女に早く300元を払え!」
の様なことを、顔に似合わない、早口でかん高い英語でがなり立てやがった!
「Why?」
こんな会話を、ディスコの馬鹿でかい音の鳴り響く中で、何度やり取りしただろうか。
「このまま、こんな事をしていたら、ホントにやばいことになっちまうぜ!」
俺の背中に脂汗が滲み始めた頃、マーク・ハントは諦めたのか、怒るように去って行った。
「まずいな、仲間でも呼びに行きやがったのかな?」
俺は現実を整理してみた。
ようするに、女たちはフリーのホステスみたいなものなのだ。
「あんたの横にいて、一緒に踊ったり酒を飲んで朝まで付き合ってあげるから、300元払ってよ!」
と言っていたのである。
最初からそうだと分かっていれば、それなりに俺も考えたのだが、何分とんでもないことを勝手に想像していたものだから、理解してみればがっくりと来てしまった。
そんなスケベ心よりも、さっさとこの場を退散しなければならない。
一体どうなってしまったのか分からないで、まだ俺の横で300元を貰えるのか貰えないのか、米倉亮子は待っていた。
「どうも勘違いだったようだ。先に帰らせてもらうよ!」
お詫びに100元札を出して、彼女に握らせた。
意味の分からない彼女は、組んでいた足を解き立ち上がった。
その彼女の肩を下へ押しつけ、首を横に振った。
心は急いでいても、俺はゆっくりと階段に向かい、そしてゆっくりと降りた。
外に出ると、すぐにタクシーに飛び乗った。
「チャン・フー・グォン・ファンディエン!」
平然を装っているようでも、ホテルを告げる俺の声は震えていた。それでも、師傅は一発で理解した。
その時だ! 発進しようとした俺たちのタクシーの横に、急ブレーキの音を響かせ一台の車が止まった。
「マーク・ハントだ!」
その助手席にも、後ろの席にも数人の男の影が見えた。
俺はとっさに身を伏せた!
男たちは俺には気付かず、中へと入っていった。
「まずいぜ! 早く車を出してくれよ!」
ドライバーは、そんな俺の気持ちなど知るよしもない。
車はゆっくりと走り出した。
追いかけてくるかも知れず、俺は何度も後ろを振り返った。幸い、その気配はなかった。
安堵したのか、朝からの疲れとジャックダニエル数杯の酔いが、一気に俺を襲ってくる。
ホテルに着くと、すでに日付が変わっていた。
バスタブに張ったお湯に浸かりながら、今日一日を振り返ってみた。
細かく思い出す気にはなれなかった。
しかし、次第に笑いが込み上げてきて、思わず大声を出して笑ってしまった
隣から、咳払いをする声が聞こえてきた。
「随分と薄っぺらな壁だな!」
ベットにもぐり込み明日のことを考えた。しかし数秒で寝息を立てている。
一体どんな夢を見ていることだろうか。
|