2002/01/12発信:一般向けニュース
■ 北京一人旅紀行 その1
11/9〜12/2まで北京に行ってきた紀行文を掲載します。
まったく、弊社のサイトとは関連がありませんが、お口治しぐらいにお読みください。
また、1999年に行ったアメリカセキュリティツアーも併せてお読みください。
初日(出発)
29日の10時30分成田発の北京行きのANAに乗るため、成田空港近くの駐車場に車を預け、送迎バスで空港へ。
北京に着いたのは1時30分。
日本では2時30分になっているはずだ。時計の針を1時間遅らせる。
さあ北京の町へと、入国審査が済むやいなや勇んで空港を出て行った。
そこへ突然、男が言い寄ってきた!
「タクシーだろ? タクシー!」
海外旅行に行くと、必ずこのシチュエーションに出くわすことになる。
「はは〜ん、早速ポン引きが現れやがったか!」
当然こういう事を予測していた俺は、毅然とした態度で「NOー!」と断った。
それでもしつこく付きまとって来て、男の女房らしき女までが俺をどこかへ連れて行こうとする。
構わずタクシー乗り場に向かい、目の前に止まっているタクシーに乗り込んだ。その俺の背中に罵声が飛んできた。
「やっぱりタクシーに乗るんじゃねぇかよ!」(多分?!)
「やれやれ、中国も他のアジアの国と変わらねぇな!」と一人つぶやいてみた。
後で分かったことだが、この話しかけてきたタクシー夫婦も、まともなタクシー運転手で、客引きをしていただけとのこと。
北京では、タクシー料金をボッタクルと死刑になるらしい!
というのは大嘘です。
でも、たったの1回でもやると、免許を剥奪されるとのことだから、やはり相当厳しい国なのです。
・タクシー(チュー・ズゥ・チィチャー)
北京のタクシーには『2元』『1.6元』と、『1.2元』の三種類がある。
それぞれ料金を示すわけだが、初乗り料金は4kmまでが、『12元』『10.4元』となっている。
(1.2元タクシーの初乗り料金は分からなかった)
その後1キロ毎にこの料金を足していくことになる。
タクシーに乗り込み、俺はガイドブックで覚えた中国語を駆使し、自慢げに行き先のホテルを告げた。
「チョン・フー・グン・ファンデン!」漢字で書くと、こうなる。
『長富宮飯店』
タクシーの運ちゃん(以下師傅(シーフ))が驚いた顔を、「なんと中国語の上手い日本人なんだ!」と勝手に解釈した。
だが、返ってきた言葉は「ハン?」だった。もう一度俺は同じ言葉を繰り返した。
「チョン・フー・グン・ファンデン!」
今度はさっきより、一つずつ区切って大声で喋った。
だが、師傅の顔は、ますます「わかんねぇよ!」と言っていた。
まずいなと思った俺は、
「ニュー・オータニ・ホテェル」
今度は巻き舌気味に、いっちょ前の発音をひけらかせた。
だが師傅の顔は、
「わかんねぇったら、わかんねぇよ!」
と、更に険しくなる。
「ゲゲゲ! 全く通じないじゃねぇかよ!」
慌ててホテルの地図を見せると、やっと行き先を理解し、にこやかな顔で振り向くと、俺よりでっかい声でこう叫んだ。
「オウ! チャン・フー・グォン・ファンディエン!」
「な、なに!? ガイドに書いてあるふり仮名と全然違うじゃねぇか!」
とにかく走り出したタクシーに安堵すると共に、この先どうなるかとの不安がよぎる。
なんと! その不安はあっと言う間に的中することになる。
「いけねぇ! 円を両替するのを忘れちまったぜ!」
なんで、旅行に行く前に両替をしないのかって? 日本では中国マネーの「元」に両替をすることが出来ないのだ!
だから空港に着いたら、真っ先に両替をしなければならないと分かっていたはずなのに……!
取り敢えずホテルで両替をするしかないが、そのことをこの中国語しか出来ない(あたりまえか)師傅に、どうやって説明しようか?
物凄いクラクションの嵐と右へ左へと車線を変えながら走ることおよそ40分。
なんとかホテルにたどり着くことが出来た。到着する寸前のこと。
「チャン・フー・グォン・ファンディエン!」
と、「長富宮飯店」書かれた大きな建物を指さしやがった。
「どうだこのホテルで間違いないだろう?!」
と、自慢げな師傅に、「OH! OK OK!」と俺もにこやかに答える。
だが内心は穏やかなはずがない。
・ホテル(ファンディエン)
ホテルに着くと、ドアガールが真っ赤なコートを翻(ひるがえ)し、タクシーのドアを開けた。
「そうだ、ニューオータニに務めている彼女なら日本語が分かるだろう!」
彼女に説明した。
「日本円しか持っていないから、直ぐに両替して車で待ってるように言ってくれる?」
そこにはきょとんとした顔の彼女が立っていた。
「ゲゲゲ! このねぇちゃんまで日本語がわかんないのかよ!」 次に返ってきた言葉は、
[Can you speak English?]
[Yes!]思わず言っちまった。見え張ってんじゃないって!
[I have no Money!]おい、それじゃタクシーにただ乗りしたっつぅことかよ!
もう一度ドアガールに大声で伝えた。
[I have only a Japanese Money! Japanese money is exchange in Chinese Money!]
こんなんで通じるのか?
ドアガールは俺の英語を理解したのか師傅に説明をした。
そして、何が起きたのか分からずきょとんとしていた師傅の顔付きが緩やかに変わった。
その顔で理解したと思った俺は,直ぐにタクシーを飛び出すと、フロントカウンター横の両替所で中国元に換えた。師傅とドアガールはにこやかに俺を待っていた。
トランクに積まれていた俺のスーツケースは既に降ろされ、彼女の横で主人の帰りを待っていた。
中国で最も高価なお札、百元札を師傅に渡し、十一元のおつりを貰う。
・一元は約十五円なので覚えておこう。
ホテルの名前は「万里の長城」の長と、富士山の「富」をとったもので、日中の共同経営とのこと。
「飯店」とはホテルの意味。
正直いって、日本的な高級ホテルと言う感じで、旅慣れない日本人には安心して宿泊できるだろうけど、俺のように1年の半分近くをホテル暮らしをしている人間には、まったく中国らしさを感じさせてくれない点が不満である。
エントランスでは中国ミュージック(何て言う楽器だろうか?)を奏でていたり、一階のレストランから見える中庭では太極挙を行っているものの、観光客相手のデモンストレーションでしかない。
と言っても、設備などは至れり尽くせりで、文句の付けようはありません。壁が薄いのを除いては……。 さあ荷物を部屋に入れると、先程のミスなどてっきり忘れてしまった。
「まだ時間があるし、晩飯をどこでとるかも考えなくちゃな」
当然、朝以外の食事など頼んでいない。パックで決まり切ったところで食事をするよりも、自分で探す方が探すこと自体も楽しいのだ。
早速、『天安門』へとタクシーを飛ばす。
「今度こそは中国語で伝えてみせるぞ!」
と力んだが、タクシーに乗るには例のドアガールに説明し、彼女が行き先を書いた紙を師傅に渡すので、行き先を告げる相手は彼女ということになる。
「ティン・アン・メン」
「OK!」
すらすらと紙に字を書き始めた。お世辞にも上手い字とは言い難く、何と書いたか分からない。
すんなりと「OK」をしたことから、今度こそは通じていると信じた。
乗ったタクシーの師傅も、俺と同じ発音で確認してきた。
「少しは俺の中国語も上達したのかな?」
あれだけ悪戦苦闘してから一体どれだけの時間が経ったって言うんだい? 全くお気楽なもんだ。
さて、天安門の辺りは駐車どころか停車さえする事は出来ない。
ぐるっと回って、天安門の前の日本では考えられないぐらい広い道の向かい側に車が止まった意味を理解するまでは、
「メーターを上げるために無駄に走りやがったな!」
なんて、勝手に腹を立てたりして……。
・門前大街(チェンメン・ダージェ)
さて、天安門は三日目に来る予定にしているので外から見るだけにして、その周りの建物を見学することにした。
日本の道路の広さでは考えられない、片道三車線(しかも一車線がとっても広い)の道路が、北京の中心街を走っているのに驚く。
ただし端の一車線は一般の車が通ること(停車も)禁止されている。これは、この天安門の周りだけのようだ。 建物や広場の余りの広さと、夕方で凧揚げをしている仕事帰りの人々の雄大さがとっともマッチしていて、辺りをぐるぐるとただ歩き回った。
『中国革命(歴史)博物館』は、工事のために休館で入れなかった。その前を歩いていると、後ろからけたたましい、クラクションを浴びせられた。
「えっ! なんだ?!」
振り返ると、警察のミニVANだ。
しかも、運転しているのは女じゃねえか!
どうも警察の入口のようだ。でも、下には横断のゼブラマークが書かれているし、道路を渡ってるんじゃないんだゾ! ただ歩いているだけなんだぞ!
とにかく信号が少なく、有っても、みんな守りゃあしないから、車も人も、そして自転車も戦いのように道を横切っていく。
俺なんか、タイミングを上手く取れずにいると、平気な顔をして、皆すいすいと皆渡っていく。
「この人について渡れば大丈夫だろう」
一緒に渡り始めたが、全くどこを見て渡ってんだか、俺の足の直ぐ横で、車が急停車した!
冷や汗を流しながら、天安門から南に歩いていくと、門前大街というところに出る。
ほとんど観光客らしき人影は見られず、俺もカメラをコートの中に隠しているので、周りの人も俺が日本人だとは気づかなかっただろう。
門前大街の商店街はとっても活気があり、人通りも多く、革のコートでもよほど高いものでも4千円程度といったところか。
ブラブラと歩いていると、ブティック(と呼べるかな?)から若くて結句綺麗な女性が外へ出て来た。
俺の横に近づいて来たので、見るでもなく見ていると、なんと俺の足元に痰を吐きやがった!
「何だこの野郎(海女)!」と睨み反すと、何事も無かったように奥へと引き返していく。
キツネにつままれたような気分でそのまま歩いていると、あちらこちらから、
「カーッペッ!」っと、痰を吐く声が聞こえる。
良~く足元を見ていると、あっちにもこっちにも痰を吐いた後がある。
「この町は痰を吐くのがトレンドなのか?」
などと思ってはみたが、おそらくとっても寒いのと、あのかん高く鼻に掛かる発音の所為で、痰が絡みやすくなるのだろうと、勝手に納得した。
寒空の町を歩き回る内にだんだんと尿意をもようしてきた。
痰は勝手に吐き散らかすくせに、立ち小便というものはとっても出来る雰囲気ではない。
駅に行けばトイレがあるだろうと、ガイドブックを片手に歩いて行くと、ガイドブックの写真と同じ様に、駅(地下鉄)の入口には大きく『D』の標識が立っていた。
しかし、大きな通りの向こうに見えはするものの、どうやってそこまで渡っていくのかが分からない。
町の中と言えども、やたらと信号がないから皆適当に車にひかれることも恐れず道を横断していく。
だが、さすがにこの大きな通りを横断している人間はいないし、大体道が柵に囲まれていて、勇気を持って飛び越したとしても、交通整理の人間に絶対に捕まってしまうだろう。
もしも反抗しようものなら、射殺されてしまうかもしれない。
まだまだ死にたくないので、慎重に周りを見渡すと、地下道に入る入り口を見つけた。
「あれだな!?」
地下道に歩いていくと、何やら話しかけてくるおばちゃんがいる。
日本ならさしずめ「ポン引き」なのだろうが、どうもそうではない。
良く見ると、花を売っているおばちゃんや、記念ハガキを売っているおじちゃんもいる。
でも、俺に話しかけてきたおばちゃんはというと、何も持っていない。でもやっぱり何かを売っているんだろうと、またもや勝手に納得して地下道に入る。
地下道の中では、警官(って言うのかな?)が立っていて、その横に机を出して座っている男がいる。
そのまま通りすぎ、いくつかある出口の一つを外に出る。
なんて感の悪いことか、折角外に出たものの、例の『D』の標識は、またもや道の向こう側に見える。
小さく溜息をつくと、今上がってきた道を降りていった。
降りてみると、先程は気付かなかったが、机の置かれた横には二つの縦長な形の、日本でも良く見かけるあるものがそこに立っていた。
“あるもの”とは……?
工事現場で見かける、あの『簡易トイレ』ではないか!
そう気付くと、忘れかけていた尿意が再度脳裏を横切る。
簡易トイレには『五角』とかかれている。日本円にして約8円だ。
「そうか、これは有料トイレなんだな!」
と変に納得すると、机の男に五角札を渡した。
男は何事もないように受け取る。
さてさてトイレの中は……、これ以上は言わない方が良いでしょう。
下半身も軽くなった俺は、少々迷ったものの『D』の中へと足を踏み入れることに成功した。
北京の地下鉄は、何処で乗って何処まで行こうともすべて『三元』しか掛からない。
東西に走る1号線と、ぐるっと回る環状線の二つしかないので、初めての人でも迷子になることはないだろう。
駅を探したのは最初はトイレが目的だったが、歩いているうちに飛行機に隣あわせた中国人の言葉を思い出したのだ。
俺は誰にでも話しかけるのがくせなので、当然隣に誰が座ろうとも、俺に話しかけられる運命となる。
北京の北の町の出身の彼は、ビジネスで日本に行き、久しぶりの里帰りということだ。
北京で食事をするところを聞いたところ、俺の持っているガイドブックの地図を指さした。
「この辺りに、とっても美味しい屋台がありますよ」
と言ったのだ。
到着してから色々な事があったので、すっかり忘れていたのだ。
「たしか、あいつの言う通りだとすると、復興門という駅の辺りだよな」
・復興門駅(フッキンメン・フゥオチャージャン)
夕暮れの帰宅する人の流れに混じりながら、三つ目の復興門駅を目指し電車に乗り込む。
まもなく復興門駅に到着した。
適当に出口を出て、それらしきところがないか見渡す。
何も見あたらない。適当に歩いていくと益々暗くなっていく。
引き返し、先ほどとは逆方向へと歩いてみる。やはりなにもない。
さて、困り果てて、近くの中華料理店でも入ろうかとも思ったが、こんな事では諦めません!
さらに、道を渡り歩いていく。結果は同じ。復興門駅を降りてから、ほぼ一時間が過ぎようとしていた。
その間に何度か歩いている人を捕まえて訪ねてみた。
[Do you know Yatai?]
[Do you know open Kitchen?]これも通じない。通じるわけないか……?!
夜になって辺りには、明かりが見えるが、屋台らしき所は見あたらない。
ふと空を見上げてみると、まん丸い月が顔を出していた。
「凄ゲェ! 見事な満月じゃネェか!」
しばし、見事な天空ショーに見とれていたが、さすがに疲れ果て、諦めてタクシーに乗り込んだ。
「ワン・フー・チン!」
・王府井(ワン・フー・チン)
ガイドブックを指さす。そこにも賑やかな屋台の写真が載っていたからだ。
タクシーは天安門の前を通りすぎ、左にウィンカーを出した。
フロントウィンドーにきらびやかなネオンが映し出されてきた。
この北京の銀座と呼ばれている王府井は、その名前の通り華やかな町で、大きなデパートや市場などが建ち並ぶ。
タクシーは町中に入ると適当なところで車を止めた。
「この辺でいいか?」と言っている。
探し歩くのは疲れてはいたものの、少しの間タクシーに座ることが出来たので、
またまたやる気マンマンになっていた。
・屋台
屋台はすぐに分かった。
きらびやかな大通りとは裏腹に、ちょっと外れた横道には沢山の人々が往来し、威勢の良い客引きの声が飛び交っていたからだ。
「あの飛行機の野郎、本当はここの屋台を間違って教えやがったな!?」
と、気付いたのも後の祭りというものだった。
すれ違う人々は、それぞれに串焼きを片手にほうばりながら歩いている。
立ち食いだけではなく祭りの縁日のときのようにテーブルがあり、座って食べるところも用意されている。
まず、皆が食っている串焼きを二本頼んだ。
1本は牛の胃袋の通称“ハチの巣”と呼ばれているところで、後の1本は良く分からない。
しかも、注文してからタレのようなものに突っ込んで簡単に温めると、さらに何かを叫んでいる。
どうも、「これを塗るか!」と言っているようだ。
だから串焼きというよりも「串煮」と呼ぶ方が正解。
「OK! 一杯塗ってくれ!」と俺もでっかい声を出すと、串を持っていたお姉ちゃん(結構美人)は、一瞬驚いたかのように手を止めた。
そして、テーブルの方を指さし、何かを叫んだ。
「言葉は意思を伝えるための全てではなく、方法論の一つにしか過ぎない」
と言うのが、俺の持論であるから、何を言っているかなんていうのは何となく分かるものだ。
勿論上手く行かないときもあるが……。
二本で六元を渡し、テーブルに座って周りを見渡すと、誰一人としてアルコールを口にしていない事に気付いた。
「もしかして、アルコールを飲むと死刑になるのか?」
なんて事が脳裏を浮かべる。串を頼んだ店ではドリンクも売っていた。
確かに、目に入ってくるのはコークやオレンジジュースだ。
だが、よーく目を凝らしてみると、確かにビールらしきものが見えた。
もう一つのガイドブック、
【中国語旅行会話】を開く。
「私は青島ビールが飲みたい」と書いてあったのを思い出したからだ。
この本は例のガイドブックと共に買っており、飛行機の中でも何度も読み返し勉強した。
ただし、発音が書かれているふり仮名通りに読んでも通じないのは、皆さんすでに御存知のこと。
再度チャレンジした。
全く通じない。そこで、その本を売り子のおばちゃんに見せる。
目の前の変な日本人(変な中国人と思っていたかな?)に、訳の分からぬ言葉を言われてきょとんとしていたおばちゃんも、本を読んで大笑いをしている。
すぐに青島ビールを出してきた。大瓶でわずか五元だ。
やはり、アルコールを飲んだからといって死刑になるわけではなさそうだ。
串も運ばれ、ビールを目の前にすると、自分の喉がどれだけビールを欲していたかが分かった。
意外にも良く冷えた青島ビールの美味いこと美味いこと!
串も変わった味と言えば味だけど、
何を食っても「美味い!」
と思っている俺には、値段のこともあり、最高に美味く感じた。
テーブルは全部で四十人ほどが座れる広さがあり、奥に長く、その両側を色々な屋台が彩っている。
食べ終わる頃に席を離れると片づけられてしまうと思ったので、二杯目のビールを飲み干すと、三分のニ程残ったビールと、串煮を残し次の食べ物を物色した。
そして、竹の器に入ったチャーハンを見つけ、トッピングに豚バラを乗っけてもらい、ギョウザも注文した。
出来上がる間も(と言っても温めるだけ)、ビールや串が盗まれたり片づけられないか気になってテーブルを見に行った。無事だった、その時には……。
チャーハンは驚くほどの美味さだった。これがわずか八元とは……!
俺が感心しながら食べていると、ビールを買った店のおばちゃんが何か叫んでいる。
どうも、俺のことを店の皆(三人)で、面白がって観察していたらしい。
おばちゃんは、「隣の店のモツ煮も美味いよ!」と言っているようだ。
おばちゃんと一緒に、隣のモツ煮のお兄ちゃんも俺を必死に呼んでいる。
そのモツ煮は、大釜の前に十種類ほどのモツ(内蔵)が並べられ、客がチョイスしたモツを大釜で煮て出す仕組みのようだ。
俺は適当に三種類ほどを指さした。
茹でている間に、自分のテーブルを見ると、なんと片づけ係のお姉ちゃんが、俺のチャーハンやビールを片づけようとしているではないか!
「だめだよ! まだ食ってんだから!」
と、大きな声で叫ぶと、係のお姉ちゃんだけでなく、周りの人々までもが俺を振り返る。
一瞬俺の方が驚いたが、係のお姉ちゃんも理解し、手に持ったビールやチャーハンをテーブルに戻した。
さて、そのモツ煮だが美味かったかって? もう答えは分かってるでしょ!
そうなんです、とっても……いいえ、めちゃくちゃに美味かったス! これもたったの八元。
その日の屋台で使ったのは焼酎二杯と併せて総額四十一元、日本円にして約六百円とちょっと、でした!
ちなみに、焼酎は小瓶(100ミリリットル)だったが、アルコール度数は、なんと!「56度」もあった!!
最初の1本は気付かずにラッパ飲みしてしまい、喉が焼けるように熱くなったのでビックリしちまいました。 それでも二本飲むんだからね〜、まったく!
よくよく見てみれば、アルコールを飲んでいる人も少しだがいる。
この屋台ではこの値段だが、後にも触れるが、総じてアルコール類は高額だ。
その為に、あくまでも食事をしなければ人は死んでしまうが、アルコール類はやはり趣向品ということで生きていくための絶対条件ではない、と言うことではないだろうか。
『う〜ん、哲学的発言!?』
仲よくなってしまった屋台の皆と記念撮影をし、ホテルへと帰ることにした。
「チャン・フー・グォン・ファンディエン!」
と、アルコールの勢いも手伝って威勢良く行き先を告げると、今度は見事に理解してもらった。
先にも書いたけど、北京のタクシーでボラれる事はまずない。
必ずメーターを倒すことを、相当きつく義務づけている。
ホテルについても、ドアボーイ(ガール)がタクシーに向かって、
「早くメーターを止めろ!」と叫んだこともあった。
2008年の北京オリンピックに向けて、教育が始まっているとも聞いたが、やはりまじめな国柄なんだろう。
実はホテルにチェックインした際に、明日の「万里の長城」へのガイドを予約していた。
明日はどんな一日になるのかと、期待に胸膨らませつつ、二つあるベットの一つにもぐり込み夢見についた。
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